
癒し系・・・
最近、日本の記事を読んでいると、この言葉を目にする機会が非常に多い。
癒し系・・・癒し系の性格・・・癒し系の顔・・・癒し系美人・・・癒し系音楽・・・癒し系の設計・・・癒しの宿・・・癒しの森・・・
例を挙げればきりが無いほどこの「癒し」と言う言葉が氾濫しているが、実は風景写真の中にもこの「癒し系風景」という物が存在する。
この日、日の出の前から撮影をしていた僕が、この湖に辿り着いたのは午後3時を少しまわった頃だった。
辺りには全く人影はなく、聞こえて来るのはただ岩を叩く波の音だけ。
夏だと言うのに冷たい高原の風が緩やかに吹き抜け、強い日差しと絡まって何とも言えない心地良さだった。
頭上にはどこまでも澄んだ青い空が広がり、ぽっかり浮かんだ綿雲が、ゆっくり楽しそうに風に流されていく。
それまでの一ヶ月間、山の中を転々として来た僕の体全体から、その時何かがすーっと抜けて行くような感じがした。
撮影旅行と言えば聞こえは良いが、知らない土地を撮影しながら転々と移動を繰り返すというのは、精神的肉体的両面でかなり過酷な作業が続く。当然、常に緊張やストレスを感じ、知らぬ間に疲労が蓄積されていく。
だがそんな事は撮影に夢中になっている間は忘れてしまうのだが、ふっと気を緩めた瞬間、それまで眠っていた何かが覆い被さって来るように、まるで体が石のように重く感じられ動けなくなってしまう。
僕がこの風景に出会ったのは、ちょうどそんなギリギリの時だった。
目の前に広がるのは青と白の単調な世界。
だがこの単調で神秘的な景色が、ワクワク、ドキドキ体の奥底から湧き上がるカメラマンとしての抑えきれない気持ちを僕にぶつけてくれ・・・と、同時に不思議な程に心を落ち着かせ、優しい気分にもしてくれる。
夢中で切り続けるシャッターの音は、いつしか波の音に絡まり、風に誘われ自然と同化していく。そして気が付けば僕自身も風景に溶け込んでしまっていた。
全身の力が抜け、ただのんびり湖畔に寝転がり、大の字になって見上げた先には、僕の身も心もリフレッシュしてくれる《癒しの風景》が何処までも広がっていた。
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突然の激しい雨だった。
トレイルを歩き始めた頃、僕の頭上に広がっていた青空はもうどこにも見えはしない。
今は悪魔のような恐ろしい表情をした黒雲が、既に空の大部分を手中にしていた。
あっと言う間に山頂を越えた黒雲軍団は、そのままの勢いで谷間を占拠し、手当たり次第に辺り一面に洗脳活動を開始する。
最初に黒雲に取り囲まれた山頂は、グォー・・・ゴォー・・・と不気味な唸り声をあげ始め、苦し紛れに吐き出した息は、勢い良く斜面を駆け下り、やがて激しい風となって麓の森へと向かって行く。
慌てた森の木々は、右へ左へ体を捻じらせ、枝と枝をぶつけ合ってバシッ、バシッと恐ろしい音を周囲に響き渡らせている。
つい今しがたまで優しい表情でキラキラ輝いていた小川は、一瞬の内にどす黒い濁流へと姿を変え、ゴォーゴォー叫びながら周りの物全てを飲み込もうと暴れている。
まるで山全体が黒い悪魔に乗り移られたように、恐ろしい唸り声をあげ、森はいつまでも激しく踊り狂う。
グォオオオー・・・ビュウウウウー・・・
益々雨が強まり、風が勢いを増していく。
バシッ・・・ビシッ・・・ゴォー・・・
こんな時、僕に出来る事と言ったら、ただ数枚のシャッターを押す事だけ。
後は、大自然の中で自分がいかに無力でちっぽけな存在かを思い知る。
ビュウウー・・・ゴォオオー・・・
凄まじく急激な変化の中、僕はどうする事も出来ず、ただじっと時の流れの中に身を沈めていた。
・・・ただ、じっと。
どれくらいの時が流れたのだろうか・・・やがて西の空が少し明るくなり、森に光りが差し始めると、あれほど踊り狂っていた木々達も徐々に落ち着きを取り戻し、山頂の岩達も、もう叫ぶ事をやめていた。
「山の天気は変わりやすい」・・・そんな事は誰もが知っている。
だが自然の中で、実際にその急激な変化を体験し、知識ではなく自分の感覚として知っている人がいったいどれくらいいるだろうか?
日々繰り返される急激な変化を飲み込み、長い年月の間、何も変わる事のない手付かずの自然が残るカナダ。それこそがカナダの大自然の持つ不思議な魅力ではないだろうか。
僕は、山がもう一度激変する前に、急いで山を降りる事にした。
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風景写真の撮影は、日の出、日の入りの前後数時間が勝負・・・当然、朝は早く、まだ暗いうちから動き出さねばならない。
真っ暗な空を睨み、星の見え方でその日の朝の天気を予想する。
だが、カナダやアメリカの西部海岸地域には「モーニング・クラウド」と言う言葉がある。
海上と陸地での熱伝導の違い、北太平洋の冷たい海流、様々な要素が絡み合うのだろうが・・・早い話が、早朝に海から流れ込む、低く垂れ込めた霧のような雲の事をこう呼ぶのだ。
雨雲等とは違いこの雲は、太陽が昇り気温が上昇してくると自然と消えてしまうので、つまり《朝の雲=モーニング・クラウド》と呼ばれているそうだ。
言葉だけを聞いていると、なんだか少しお洒落な響きもするが・・・これが撮影となると、かなり厄介な相手になる。
天気は良いはずなのに、空は全く見えず辺りは薄暗く、光や時間の流れがまるで読めない。
では、撮影を中止にすれば良いのかと言うと、この判断がまた難しい。なぜなら、この雲は朝の雲、突然消えてなくなるモーニング・クラウドだからだ。
僕は長年続けて来た撮影の勘で、雲が晴れた場合の辺りの様子を予想しながら森の中を歩き、ある地点でカメラを構えて待つ事にした。
しーんっと静まり返った森の中に、遥か彼方からかすかに波の砕け散る音だけが響いている。
徐々に雲の厚みが削られていくと、それに比例して雲の流れがはっきり目視出来るようになっていく。
「よしっ・・・晴れ間は近い」
僕は心の中でそう叫び、カメラを持つ手に自然と力が入る。
サッと開けた雲間から朝の光が差し込んで来ると、それまで眠っていた森全体が息を吹き返したように輝き始める。
なんとも言えない神秘的な空間を演出してくれるモーニング・クラウド。
この朝の不思議な時間帯が、僕はたまらなく気に入っている。
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ふ〜っ・・・
僕は天を見上げ、恨めしそうに息を吐き出した。
奴の日差しは凄まじく強烈で、部外者である僕に対しても全く容赦なく照り付けてくる。
360度見回してみても、どこにも日陰なんてありゃしない。
在るのは、ただカラカラに乾いた砂と岩の世界だけだ。
申し訳程度にわずかに浮かんだ雲は、とても奴の力を遮るほどの器ではない。
何処までも続く荒野を進む・・・
暑さはもうほとんど感じない。
じりじりと照り付ける日差しは、暑さではなく強烈な痛みを容赦なく照り付けてくる。
足の裏が、燃えるように熱い。
熱せられた砂の上を歩いている気分は、もうほとんどフライパンの上と変わらない。
下手に地面に座り込むと、火傷をしてしまう。
今はただもうろうとする意識の中で、歩き続けるしかない。
僕は立ち止まり、もう一度天を見上げた。
「お前の力は、もう十分にわかったよ・・・」
僕は焼き付けられた腕でカメラを構え、焼き付けられた岩山の姿と奴の力強さを、しっかりフィルムに焼き付けておく事にした。
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太陽は既に大きく西へと傾き、夏だと言うのに吹き付ける風はとても冷たかった。
対岸の工場は既に作業を終えたのか、ひっそりと静まりかえり、いつもより少し荒れ気味の波だけが、バシャバシャと堤防を叩き続けていた。
この時期には珍しい夕暮れ時の霧が、薄っすらと二人の周りを包み込んだ時、男が静かに言った・・・
「寒くないかい?」
女は黙ったまま小さくうなずいた。
男は女の腰に腕を回し、優しく引き寄せたが、やはり黙ったままだった。
少しくたびれかけたブルックリンブリッジの下で、二羽のカモメがじゃれあう声だけが、少し異様なくらいキーキーと、よく響く。
もうほとんど沈みかけの太陽が、自由の女神のトーチに火を灯すと、それを合図にマンハッタンのビル群も明かりを灯していく。
「すごく・・・きれい・・・だね」
男が途切れ途切れにそう言った。
「夕陽?女神?ビルの夜景?・・・・それとも、私?」
女は声にはせず、心の中でそう聞き返していた。
キーキー・・・
二羽のカモメが、何かを急かすようにまた鳴いた。
「この景色をずっと一緒に見ていたいね」
男の言葉に、女は黙ったまま顔をあげた。
男は、女の腰に回した腕をもう一度優しく引き寄せ、こう続けた・・・
「10年後も、20年後も、30年後も・・・」
だが、嬉しさと不安からか、女は唇を軽く噛んだまま、言葉を探していた。
相変わらず堤防を叩き続ける波の音が、拍手しているようにも聞こえ、邪魔しているようにも聞こえた。
男は耳元に顔を寄せ、静かにもう一度言った。
「ずっと・・・一緒に」
女の口元が少し動いた・・・「本当に?」
今まで噛んでいた女の唇は、少し赤く染まっていた。
男は短くキスをしてから、こう言った・・・
「二人の女神に誓って・・・」
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ザーーーーーー
鬱蒼とした寒帯雨林の森を擦り抜け、生暖かい風と供に、わずかな水の音が聞こえて来た。
「滝はこの奥か・・・」
僕は小さく呟き、辺りを見回した。
頭上には、苔むしたジャングルのような森が覆い被さり、昼間だと言うのに、今はもう太陽の位置さえ分からない。
延々と続く森の中を突き進む時、いつも心のどこかに不安や危険と言う言葉が見え隠れする。でもそんな時、どこからともなく聞こえて来る水の音は、歩き疲れた体に不思議な程の力を与えてくれる。
「よっし・・・行くぞ」
僕は自分自身に気合を入れ直し、少しだけ歩を早めた。
しばらく行くと、薄暗い森の先に眩い光が見え始め、わずかに聞こえていた水の音は、森全体を揺るがす程の轟音へと変わっていった。
生暖かかった風は、もう遠い昔の事。
今は、小さな水飛沫の軍団を引き連れ、凍える程の冷風となって僕をいじめにやって来る。
直ぐ間近から見上げる大瀑布の迫力。
怖ろしい程の音と風を撒き散らし、暗い森の奥から現れた魔人のようにも思えてしまう。
だが、その反面・・・・
滝の撮影時に、僕はいつも全くその逆の印象を持つ。
いつの間にか風も音も水も気にならない不思議な世界に迷い込み、ファインダー越しに伝わって来るのは、滝の持つ力強さではなく、繊細で、優しく、物静かな雰囲気だった。
ドキドキ、ワクワク、興奮しながら撮影しているのに、何故か心が落ち着いていく。
どうしてなんだろう・・・この不思議な感覚は?
なんなんだろう・・・この魔法のように引き付けられる魅力は?
いつの間にか西に傾いた太陽が、飛び散る水飛沫を照らし始めていた。
それはまるで魔法の城の周りを飛び交う妖精のようにも見えた。
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重たいトレッキングシューズを放り出し、一気に分厚い靴下も脱ぎ捨てた・・・
長い間窮屈なシューズの中に閉じ込められた足は、燃えるように熱く、ザックに押さえ込まれていた背中は汗でびっしょりだった。
「ふ〜っ・・・疲れた」
僕は岩の上に腰を下すと、ザワザワ楽しそうに歌う小川の中に、右足からそっと浸けてみた。
カッキーーン!
・・・と、一気に頭の中まで凍り付きそうなほど水は冷たく、辺りにはまるで天然の冷蔵庫のような涼しい風が吹き抜けて行く。
右足と左足、少しずつ交互に入れたり出したりを繰り返さないと、冷た過ぎてとても我慢なんてしていられない。
見上げると、遥か彼方の頂には、たっぷりと残った真っ白な雪が見え、足元には青々と茂るシダの若葉が輝いている。
日常の見慣れた空間を、とても素敵に思わせてくれるこの季節。
若々しい新緑の葉の間を擦り抜けて、初夏の光が僕を包み込み、心地良い小川のせせらぎを聞いているだけで、なぜだか自然と笑みがこぼれてしまう。
僕は、両手いっぱいにすくった水を、ざばっと思い切り顔にかけてから、最後に一つだけ残しておいた特製おにぎりに、これまた一枚だけ残しておいた海苔を巻いて、ガブッと大きくかみついた。
「ふ〜っ・・・最高においしい」
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