
ふ〜っ・・・
僕は天を見上げ、恨めしそうに息を吐き出した。
奴の日差しは凄まじく強烈で、部外者である僕に対しても全く容赦なく照り付けてくる。
360度見回してみても、どこにも日陰なんてありゃしない。
在るのは、ただカラカラに乾いた砂と岩の世界だけだ。
申し訳程度にわずかに浮かんだ雲は、とても奴の力を遮るほどの器ではない。
何処までも続く荒野を進む・・・
暑さはもうほとんど感じない。
じりじりと照り付ける日差しは、暑さではなく強烈な痛みを容赦なく照り付けてくる。
足の裏が、燃えるように熱い。
熱せられた砂の上を歩いている気分は、もうほとんどフライパンの上と変わらない。
下手に地面に座り込むと、火傷をしてしまう。
今はただもうろうとする意識の中で、歩き続けるしかない。
僕は立ち止まり、もう一度天を見上げた。
「お前の力は、もう十分にわかったよ・・・」
僕は焼き付けられた腕でカメラを構え、焼き付けられた岩山の姿と奴の力強さを、しっかりフィルムに焼き付けておく事にした。
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太陽は既に大きく西へと傾き、夏だと言うのに吹き付ける風はとても冷たかった。
対岸の工場は既に作業を終えたのか、ひっそりと静まりかえり、いつもより少し荒れ気味の波だけが、バシャバシャと堤防を叩き続けていた。
この時期には珍しい夕暮れ時の霧が、薄っすらと二人の周りを包み込んだ時、男が静かに言った・・・
「寒くないかい?」
女は黙ったまま小さくうなずいた。
男は女の腰に腕を回し、優しく引き寄せたが、やはり黙ったままだった。
少しくたびれかけたブルックリンブリッジの下で、二羽のカモメがじゃれあう声だけが、少し異様なくらいキーキーと、よく響く。
もうほとんど沈みかけの太陽が、自由の女神のトーチに火を灯すと、それを合図にマンハッタンのビル群も明かりを灯していく。
「すごく・・・きれい・・・だね」
男が途切れ途切れにそう言った。
「夕陽?女神?ビルの夜景?・・・・それとも、私?」
女は声にはせず、心の中でそう聞き返していた。
キーキー・・・
二羽のカモメが、何かを急かすようにまた鳴いた。
「この景色をずっと一緒に見ていたいね」
男の言葉に、女は黙ったまま顔をあげた。
男は、女の腰に回した腕をもう一度優しく引き寄せ、こう続けた・・・
「10年後も、20年後も、30年後も・・・」
だが、嬉しさと不安からか、女は唇を軽く噛んだまま、言葉を探していた。
相変わらず堤防を叩き続ける波の音が、拍手しているようにも聞こえ、邪魔しているようにも聞こえた。
男は耳元に顔を寄せ、静かにもう一度言った。
「ずっと・・・一緒に」
女の口元が少し動いた・・・「本当に?」
今まで噛んでいた女の唇は、少し赤く染まっていた。
男は短くキスをしてから、こう言った・・・
「二人の女神に誓って・・・」
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ザーーーーーー
鬱蒼とした寒帯雨林の森を擦り抜け、生暖かい風と供に、わずかな水の音が聞こえて来た。
「滝はこの奥か・・・」
僕は小さく呟き、辺りを見回した。
頭上には、苔むしたジャングルのような森が覆い被さり、昼間だと言うのに、今はもう太陽の位置さえ分からない。
延々と続く森の中を突き進む時、いつも心のどこかに不安や危険と言う言葉が見え隠れする。でもそんな時、どこからともなく聞こえて来る水の音は、歩き疲れた体に不思議な程の力を与えてくれる。
「よっし・・・行くぞ」
僕は自分自身に気合を入れ直し、少しだけ歩を早めた。
しばらく行くと、薄暗い森の先に眩い光が見え始め、わずかに聞こえていた水の音は、森全体を揺るがす程の轟音へと変わっていった。
生暖かかった風は、もう遠い昔の事。
今は、小さな水飛沫の軍団を引き連れ、凍える程の冷風となって僕をいじめにやって来る。
直ぐ間近から見上げる大瀑布の迫力。
怖ろしい程の音と風を撒き散らし、暗い森の奥から現れた魔人のようにも思えてしまう。
だが、その反面・・・・
滝の撮影時に、僕はいつも全くその逆の印象を持つ。
いつの間にか風も音も水も気にならない不思議な世界に迷い込み、ファインダー越しに伝わって来るのは、滝の持つ力強さではなく、繊細で、優しく、物静かな雰囲気だった。
ドキドキ、ワクワク、興奮しながら撮影しているのに、何故か心が落ち着いていく。
どうしてなんだろう・・・この不思議な感覚は?
なんなんだろう・・・この魔法のように引き付けられる魅力は?
いつの間にか西に傾いた太陽が、飛び散る水飛沫を照らし始めていた。
それはまるで魔法の城の周りを飛び交う妖精のようにも見えた。
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重たいトレッキングシューズを放り出し、一気に分厚い靴下も脱ぎ捨てた・・・
長い間窮屈なシューズの中に閉じ込められた足は、燃えるように熱く、ザックに押さえ込まれていた背中は汗でびっしょりだった。
「ふ〜っ・・・疲れた」
僕は岩の上に腰を下すと、ザワザワ楽しそうに歌う小川の中に、右足からそっと浸けてみた。
カッキーーン!
・・・と、一気に頭の中まで凍り付きそうなほど水は冷たく、辺りにはまるで天然の冷蔵庫のような涼しい風が吹き抜けて行く。
右足と左足、少しずつ交互に入れたり出したりを繰り返さないと、冷た過ぎてとても我慢なんてしていられない。
見上げると、遥か彼方の頂には、たっぷりと残った真っ白な雪が見え、足元には青々と茂るシダの若葉が輝いている。
日常の見慣れた空間を、とても素敵に思わせてくれるこの季節。
若々しい新緑の葉の間を擦り抜けて、初夏の光が僕を包み込み、心地良い小川のせせらぎを聞いているだけで、なぜだか自然と笑みがこぼれてしまう。
僕は、両手いっぱいにすくった水を、ざばっと思い切り顔にかけてから、最後に一つだけ残しておいた特製おにぎりに、これまた一枚だけ残しておいた海苔を巻いて、ガブッと大きくかみついた。
「ふ〜っ・・・最高においしい」
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雨がやんだ。
長い雨季がやっと終わり、カナダ南西部に、あの突き抜けるような青い空がまた帰って来た。
僕は一人、機材を抱え森へと入って行く。
雪解け水で勢いの増した小川が、轟々と唸りをあげて僕を出迎えてくれる。
足元はぬかるみ、木陰はまだまだ肌寒い。
・・・でも、そんな事、もう気にならない。
僕は辺りを見渡してから大きく息を吸い込み、それから静かに吐き出した・・・ふ〜っ・・・昨日までとはどこか違う初夏の匂いがする。
力強さを取り戻し始めた陽の日差しが、新緑の葉をキラキラと輝かせ、僕の気持ちを弾ませてくれる。重いはずの機材も、今はもう重みを感じない。
しばらく歩くと、小川の側に残された小さな水溜りを見つけた。
腰を屈めてそっと覗き込む・・・水面には新緑の葉が嬉しそうに踊りながら映り込んでいた。
夏はもう直ぐそこまで来てるんだ。
「お前も嬉しいのか?・・・」
僕が声をかけると、アメンボがぴょんとジャンプをして、波紋で大きな丸を描いてくれた。
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花見が嫌いだ!・・・
どれくらいって・・・かなり嫌いだ。
いや、はっきり言って、大嫌いだ。
僕がまだ日本に住んでいた頃、春になるといつも不思議に思っていた。
「花見」って、いったい何なんだろう?
桜の木の下に皆が一時に集まって、どんちゃん、どんちゃか、大騒ぎを繰り返す。
良い場所を確保する為には、何時間も前から場所取りを開始する。・・・いや、何時間なんてもんじゃない、ブルーシートを敷き詰め、荷物を置いて何日も陣取る人達もいる。
わざわざ場所取りの為だけにアルバイトの学生を雇ったり、新入社員の最初の仕事が花見の場所取りだったりもする。
それほど桜が好きなのか?
でも、花見が始まっても・・・だーれも桜なんて見ちゃいない。
お酒飲んで大騒ぎしてるだけ。見てるのは花ではなく、真っ赤になった鼻だけだ。
次の日、「桜はどうだった?」なんて聞いてみても、どーせ何も覚えちゃいないんだ。
お酒も飲まない。タバコも吸わない。がやがやした人込みも苦手な僕にとって、この日本式の花見は、大嫌いな春の行事だった。
カナダに移住して13回目の春・・・13回目の桜の季節がやってきた。
カナダでは、公共の場での飲酒は禁じられている。
当然、公園やビーチなどで昼間から酒飲んで大騒ぎなんて事は許されない。
酒好きの人にはとても住み辛い国、そして写真好きにはとても住み良い国。
春風に吹かれながら、のんびりと桜の撮影をする事が出来、疲れたら桜の木の下に腰をおろしてのんびりくつろぐ事が出来る。
ここには、あたり一面に敷き詰められたブルーシートも、大騒ぎするような酔っ払いもいない。
芝生の上に寝転がり、青空をバックにほんのりと色づいた桜を見上げる事の出来るカナダの花見が、僕はとても気に入っている。
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ふ〜っ・・・
大きくため息をつき、ゆっくりと腰を下す。
重たい機材を抱え、何時間も山道を歩いた後に見つけた高原の花畑。
僕は必ず腰を下し、しばらくの間のんびりと辺りを見渡してみる。
「歩き疲れたから?」
・・・当然それも一つの理由だが、それだけじゃない。
普段の自分から目線を変えてみるんだ・・・・時には大の字になって寝転がり、流れていく雲を見上げてみるのも悪くない。
それまで見えなかった物が見え、感じなかった物がひしひしと伝わってくる。
草花と同化し、体中が大地に溶け込んで行くような、不思議な感覚に包まれる。
立っていた時の目線からでは全く気付かなかった足元の小さな草花、水滴、昆虫、石・・・見過ごしてしまいそうな些細な風景の中から、どんどん新しい発見が飛び込んで来る。
僕は植物園やチユーリップフェスティバル等へもよく出かけて行く。
だがそこには、足を止め、腰を屈めて小さな花一輪を覗き込もうとする人はほとんどいない。
人の波に流され、予め用意されたピクチャースポットで記念写真を撮ると、また足早に次の場所へと移動を繰り返す。
多くの人は、《植物園》を見にやって来て、《花畑》だけを見て帰って行く。
家の中で、一輪挿しに生けられた花には、「綺麗だね〜」「この花素敵ね〜」と声をかけるのに、大きな花畑の中で、足元に咲く小さな花一輪を覗き込む人はほとんどいない。
写真家の仕事の一つは、そんな小さな一輪の花を、見つけてあげることかもしれない・・・
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